大人になれば

何かの学びの場でもない限り

「これはこうした方が良いよ」なんて

親切に向こうから教えてくれることはほとんどないでしょう。

 

もしかすると

自分が信じて疑わないこと、

良かれと思ってやっていることが

実は全くあさっての方向に進んでいる、という場合が

あるかもしれません。

 

 

これまでの自分がやってきたことへの自信や

揺るぎない信念を持つことは

とても大事だと思いますが

 

時にそれがただの自己満足、

自分だけの正義にしかすぎないものに

なってしまっていると気付けるかどうかは、

 

「常に自分は正しい」という考えに縛られず

「本当にこれでいいのか?」と自分自身に対して

疑いの目を持ち続けられるかどうか、です。

 

 

何の関係性もなく、

誰かのためにあえて一歩を踏み入れて苦言を呈す、

自ら悪役を買って出る人なんて早々いません。

 

逆を言えば

大人になってからそのような関係性を持てる人と

出会えるということはとても貴重だと思いますよ。

 

耳の痛いことほどきちんと助言をしてくれる人、

自分を正しく導いてくれる「師」がいるかどうか、

そういう方との縁も自分から作りに行くのです。

 

自分が会いたいと思う人には

それ相応の行動をし続けていれば

然るべきタイミングで必ず出会えますから。

 

 

日常の人との関わりの中で

ひとつ気を付けた方がいいこと。

 

大人になってからできる人間同士の関係性を

学生の頃の「友達」と同じような感覚でいると

様々な弊害が出てきます。

 

「昨日の味方は今日の敵」

悲しいけれどもこのようなことが

一般社会でも日常的に起こる現実。

 

それぞれ異なった環境で過ごし、

様々な社会経験、人生経験を経てきた中で培われた

いろいろな価値観を持つ人との付き合い方は

ある意味難しいものがあると思いますが、

 

同じ目的を持つ中で生まれる「仲間」という関係性で

近づきすぎず、離れすぎず、お互い程よい距離間を保てば

その存在は自分の人生を豊かにしてくれるものです。

 

それぞれの人が持つ

人との距離間の許容範囲は全く違うのに、

合わない距離間で悩み苦しむ人は本当に多いです。

 

生きていく上で

人と人とのつながりは切っても切れません。

 

人はひとりでは生きていけない。

人は人に傷つけられるけれども、

人は人に助けられる。

 

耳障りのいい言葉を言われることを

嬉しく思う反面、

それが必ずしも真実とは限らない、ということも

心のどこかにとめておくといいと思いますね。

 

 

自分が迷ったとき、悩んだとき

誰の言うことなら信じられるのか、

自分の指針となる人の存在はとても心強いです。

 

いろいろなものを自分で見極め、選択していく力を

日々の積み重ねで身に着けていくことは

「自分の幸せのため」のトレーニングなのでは、

そう私は思っています。

 

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